弁護士法人はるか|水戸法律事務所

【交通事故FAQ】持病の影響で怪我の経過がよくない……損害賠償額はどうなる?

Q.糖尿病治療の影響が補償にどう影響するのか知りたい

歩行中に乗用車が飛び出してきて、避けきれず右足の脛骨(※注:膝から下の長い骨)を骨折する大怪我をしました。その後すぐ運び込まれた病院で診察を受けたところ、基礎疾患や年齢のこともあり「歩けるようになるまで時間がかかる可能性がある」と医師から伝えられました。
その基礎疾患というのは、5年前に診断された2型糖尿病です。糖尿病と並行して怪我の治療を受けましたが、医師が言った通り、9週間経ってもまだ骨が癒合しない状況が続きました。

治療のためベッドから一歩も動けない生活が続くうち、ある日「右足指に壊疽が生じている」と指摘されました。その後家族も交えて医師と話し合った結果、右足を膝下から切断する治療が行われることになっています。
治療を受けた後に関して気になっているのは、補償への影響です。交通事故の状況に持病が影響している場合は損害賠償額が減らされると聞き、不安に思っています。この先介護も必要になるため、家族に負担をかけないよう満額に近い補償額を得たいのですが、私の場合可能でしょうか。

注記:右脛骨骨折と右足の膝下切断とに相当因果関係がない場合と相当因果関係があると判断される場合とに分けて書きました

 

 右脛骨骨折と右膝下切断とに相当因果関係が認められない場合

持病の糖尿病が原因で右足指に壊疽が生じ,その結果右足の膝下からの切断に至った

場合は。右脛骨骨折したために右足指に壊疽が生じ右足を右膝下から切断することにな

ったことに相当因果関係が認められないと判断されます。

この場合には,交通事故による右足脛骨骨折の損害賠償請求額の算定は,「GUrlt(グ

ルト)の骨癒合期間表やCodwell(コールドウエル)の仮骨出現から機能回復まで

の期間表などを参考にし,主治医の意見を聴取した上で,妥当な治療期間,治療費,休業

損害,慰謝料等を算定して損害賠償請求額を決めます。右脛骨骨折と右足の膝下からの節

電とに相当因果関係が無いので後遺障害の損害は算定できません。

 

イ 右脛骨骨折と右膝下切断とに相当因果関係が認められる場合

注記:右脛骨骨折と右足の膝下切断とに相当因果関係が認められる場合には損害賠償額算定に於いて素因減額が考慮されます。

 

A. 損害賠償額が1割~2割ほど減額される可能性があります。

本事例に関しては、第45号(一下肢をひざ関節以上で失ったもの)の後遺障害と認定され、慰謝料に加え、喪失した労働能力92%分に相当する逸失利益を補償するのが妥当と考えられます。これらに入通院慰謝料や治療にかかった費用を加算し、質問者の過失割合に応じて減額したものが、もともと健康な人であれば請求できる示談金の総額です。

問題は、質問者も気がかりになっている基礎疾患による減額です。結論として「治療期間や後遺障害の重さに2型糖尿病が影響している」とされ、健康な人が請求できる示談金から最大5割程度の減額が行われる可能性は否めません。

同様の事例では、医療記録を法曹家が入念に調べた結果「糖尿病の影響はせいぜい1割~3割程度である」と判明し、減額率の軽減に成功したものが多くあります。少しでも多く補償額を確保する方法として、他にも「看護付添が行われた状況」を勘案するよう求める、あるいは将来の介護費用や自宅バリアフリー化にかかる費用を請求するなどの方法があります。

 

いずれにしても、治療が必要になった事実や、その結果壊疽が生じて部位切断を余儀なくされたことは、問うまでもなく事故との因果関係があります。これを質問者やその家族だけで主張しても加害者が受け入れるとは考えづらく、訴訟への発展を見込んで弁護士のサポートを得るべき案件だと言えます。

 

素因減額とは

交通事故の補償では、被害者に事故原因となる行動や判断があった場合、これを勘案して損害賠償額を減らせるとの「過失相殺」の考え方があります(民法第7222項)。同じように、被害者自身が事故以前から持っている傾向(=素因)が交通事故の発生や損害拡大につながった場合も、相当の割合で損害賠償金を減額できるものとしています。

もともとの被害者の傾向による「素因減額」には、まだはっきりとした基準がありません。過去の判例では、次の3要素を満たしたときに減額される傾向があります。

 

【素因減額の基準】

 

素因減額の種類

減額に繋がる素因とは、性格や持病などの「行動や体質に影響を与えるもの」を指します。素因の種類は、それが精神的なものか、体質的なものなのかで2種類に分類されています。

 

…うつ病の既往歴や不安状態、特異な性格、回復意欲の欠如、賠償静神経症(賠償額が十分でないとの不満を原因とする心因反応)などの「心因性疾患や性格」を指します。

 

…ヘルニア、脊柱管狭窄症、糖尿病、後縦靭帯骨化症などの「体質的疾患や既往症」を指します。

 

なお、平均的な体格や通常の体質とは異なる「身体的特徴」に関しては、それが疾患でない限り素因減額はされません(最判平成81029日、神戸地判平成281026日など)。また、高齢者の骨粗鬆症など、年齢によっては通常考え得る体質に関しても素因減額が行われない場合があります(大阪地判平成15220日など)。

素因減額される損害賠償の項目

素因で減額される場合、被害者がもともと持っていた性質や疾患が「事故の経過のどの部分に影響したのか」により、減額対象となる損害項目を判断します。

例えば、治療期間が長引いたのであれば「入通院慰謝料」や「休業損害」などが減額され、治療期間が長引いた末に素因が後遺障害にも影響しているのであれば「後遺障害慰謝料」や労働能力の喪失分である「逸失利益」も減額されます。

 

【参考判例】ヘルニアを持っていた被害者について素因減額が認められたケース

被害者はもともと腰椎椎間板ヘルニアを患っており、この疾患の治療にかかるものとして治療費と入院雑費のうち20%を減額しています。しかし、通院交通費・休業損害・慰謝料や逸失利益に関しては減額していません(大阪地判平成25829)

 

「糖尿病による素因減額」の判例

今回紹介したFAQと同様の例としては、下記のようなものが挙げられます。

 

【判例①】50%減額されたケース

糖尿病を患う被害者には高血圧症や肝機能障害などで何度も入院歴があり、こうした事実から「疾患が治療長期化の原因になった」として50%減額されました(大阪地判平成1237日)

 

【判例②】30%減額されたケース

糖尿病を患う被害者には脊椎ショックや腰部捻挫などの複数の受傷が見られ、両下肢麻痺などの後遺障害について第1級に認定されました。受傷後の経過について「糖尿病なども原因」と認められ、30%減額されています(大阪地判平成11326日)。

 

【判例③】素因減額が否定されたケース

糖尿病を患う被害者は頚椎捻挫や左肩化膿性滑液包炎などが見られ、第12級相当の後遺障害を負いました。この件について「左肩化膿性滑液包炎は軽い外傷から生じるもの」とされ、糖尿病が要因となって発症したものではないものとし、素因減額はされていません(名古屋地判平成2235日)。

 

判例上、医療記録や糖尿病の診断基準(日本糖尿病学会が示すもの)などを参照し、厳格に「疾患と因果関係がある部分」だけを減額対象にします。

 

問題は、患者やその支援者の知識だけでは「何をもって、どのくらい減額するのが妥当なのか」を判断できない点です。糖尿病患者は事故の程度によって重症化しやすく、わずかに減額率が上がっただけで獲得額に数十万円~数百万円の影響が出るケースが多数あります。

受傷後の経過が思わしくなければ、家族などの支援者の負担も相当のものになります。この点を考慮しながら粘り強く交渉できるのは、医学的知識を集積した交通事故専門の弁護士だからこそです。

 

素因減額されそうな時は速やかに弁護士へ相談を

もともと患っている病気等が事故そのものや治療経過、後遺障害の重さなどに影響している場合、加害者から「素因減額」が主張されて示談金が減少する可能性があります。

減額率を軽減するには、受傷直後からの医療記録と素因との関係を明らかにしつつ、過去の入院歴や受傷後の支援状況などの周辺事情も考慮する必要があります。これらの資料は、弁護士が状況に介入するタイミングが早いほど揃えやすくなります。

 

被害者に素因減額されそうな事情がある時や、事故後の受診時で何らかの疾病が見つかった場合は、速やかに弁護士に相談することをおすすめします。